親父がまだ「会話」できていた2月。ひとつだけ、言われていたことがあった。
「私が使っていた部屋。そこはきれいに片付けて、お前たちが使いなさい。」
親父が使っていた部屋は、八畳ほどの洋間だ。
なぜそんなに広いかというと、7年前に先立った母との「夫婦部屋」だったからだ。
母が亡くなったとき、もちろんその「形見」がたくさん残っていた。しかし、残された親父が寂しいだろうと思い、ずっといじらずにいた。
その親父も、もうこの部屋へは帰らない。
そこで、親父の言うとおり、「きれいに片付けて」、そこを今度中学生になる門さんの勉強部屋にしようという事になった。
きれいに片付けて、と言ったものの、はじめからキレイだった。母が整理をし、親父がそれを維持したままだったからだ。そして我々も、親父がいつ帰ってきてもよいように、その部屋にはノータッチでいた。
つまり、母の形見を整理するのは7年越しとなるのだ。
父と母の形見をきれいに分け、箱に入れて納戸へしまった。
残ったのは父の形見となった、広い空間、洋服ダンス、そして祖父の形見でもある大きな大きな机だ。
門さんは喜んで荷物を移し、引き出しと机の上に整理した。
そして椅子に座って、満足げに、机の上に飾った母の遺影に微笑みかけていた。